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18話 月下のベランダ、届かぬ返信への抗議

Penulis: みみっく
last update Terakhir Diperbarui: 2026-03-05 20:29:31

 四月の夜風はまだ少し肌寒く、火照った身体を冷やすにはちょうど良かった。ユウはベランダの椅子に深く腰掛け、スマートフォンの画面の中で目まぐるしく動くゲームに没頭していた。液晶の淡い光が、暗いベランダに青白い影を落としている。

 その時、静寂を切り裂くように、聞き慣れた、けれど以前とは違う柔らかな響きを持った声が届いた。

「夜月くん、こんばんは」

 顔を上げると、向かいのマンションのベランダに、月光を浴びて淡く光る金髪が見えた。ソフィアだ。柵に寄り添う彼女の姿からは、以前のようなユウを遠ざけるような刺々しさや、張り詰めた「女神」の警戒心は完全に消え失せていた。

「星野さん、こんばんは。体調は大丈夫?」

「はい。おかげさまで……元気になりました。それで……あの、メッセージで送ったのですが……その返信が返ってこないです。むぅぅ……無視するのですか」

 ソフィアは不満げに頬を膨らませると、手元にあるはずのスマートフォンを指差して、拗ねたように唇を尖らせた。そう言えば、ゲームに集中していて通知に全く気づいていなかった。彼女から改めて「看病のお礼をしたい」と熱心な提案があったことは、うっすらと記憶にある。

(……まさか、こんなに早く催促されるなんて思わなかった)

 月明かりの下、彼女の瞳が期待と少しの焦れったさを孕んでユウを射抜く。学校では決して見せない、感情をストレートにぶつけてくる彼女の姿。その飾らない「文句」の響きさえ、ユウには心地よく、そして酷く魅力的なものに感じられた。

月夜のベランダと、すれ違う誠実

 ユウは慌ててゲームの画面を閉じ、トーク画面を開いた。そこには確かに、彼女の申し出に対するユウなりの返答が残っている。

「え? 無視はしていないだろ。返信はちゃんとしただろ」

 画面を指差しながら言い返すと、向かいのベランダに立つソフィアは、柵を握る手に力を込めて俯いてしまった。夜風に揺れる金髪が彼女の横顔を隠すが、もじもじとしたその仕草からは、隠しきれない困惑と不満が伝わってくる。

「……お礼をしたいのですが。何か考えておいてください」

 消え入るような声で、彼女は再び同じ言葉を繰り返した。

 ユウはメッセージに打ち込んだ言葉を思い返す。そこには「べつに、お礼が目当てじゃないから、気にしなくてもいいって」と、ユウなりの誠実さを込めて送ったはずだった。

「メッセージでも返した通りにだな……そういう下心があって、星野さんを助けたわけじゃないしな……お礼目当てだと思われても困るしさ」

 ユウとしては、彼女に余計な気を使わせたくない一心だった。あの夜の看病は、ユウが勝手に心配してやったことだ。そこに代償を求めるような真似をして、彼女との関係をビジネスライクな貸し借りにしたくなかった。

 だが、ユウの言葉を聞いたソフィアは、顔を上げた。月光を反射して潤んだその瞳は、ユウの「誠実な拒絶」に、ひどく傷ついたような色を宿している。

「……そういうことじゃ、ないんです……」

 彼女の呟きは、夜風にさらわれて消えてしまいそうなほど儚かった。下心がないことなんて分かっている。お礼目当てではないことも知っている。それでも彼女が何かを返したいと願うのは、ただの「義理」ではなく、もっと別の、彼女自身も持て余しているような強い感情が理由だということに、ユウはまだ気づけずにいた。

月光の招待状と、不器用な献身

 ユウの返答に、ソフィアは深く、重たい溜息を吐き出した。それは呆れているようでもあり、自身の言葉足らずな現状を打破しようとする決意の表れのようでもあった。

 彼女は柵をぎゅっと握りしめ、意を決したように顔を上げると、月明かりを真っ向から受けて口を開いた。

「それでは……その、お礼として、料理を作ったので食べに来てください。お礼になるのか分かりませんけど、わたしの気持ちですから」

 それは、ユウに何かを求めることを諦め、彼女自身がひねり出した精一杯の提案だった。夜風に吹かれながら、彼女の頬は微かに朱を帯びている。学校で見せる冷徹なまでの完璧主義は影を潜め、そこにはただ、自分の真心をどうにかして伝えたいと願う一人の少女のひたむきさがあった。

(……料理を作る、のか?)

 あの夜、ユウがおかゆを作って食べさせたことへの、彼女なりの答え。 「わたしの気持ち」という言葉が、夜の静寂の中でやけに熱を持ってユウの鼓動を揺さぶる。彼女がどれほどの時間をかけて、何を作るか悩み、不慣れかもしれない台所で包丁を握ったのか。それを想像しただけで、ユウの胸の奥は言葉にならない感情で満たされていった。

「……星野さんが、俺のために?」

「……迷惑、でしょうか。あまり、自信はないのですけれど」

 彼女は不安げにユウの反応を伺い、視線を彷徨わせる。その仕草があまりにも健気で、ユウはもう、断る理由なんてどこにも見つけられなかった。下心がないなんて言っておきながら、ユウの心臓は、彼女の招きを予感して暴走に近いほどに跳ね上がっていた。

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